スクリーンでも活躍!ベスパ全て

スクリーンでも活躍!ベスパ全て

スクリーンの中でも活躍

国内で古くから一般人に認識されている輸入2輪車といえばベスパをあげて間違いありません。
ハーレーダビッドソンを挙げる人も多いと思いますが、ハーレーはバイク乗りの間で有名であり、バイクに詳しくない人にとっては、やはりベスパがその代表といえるでしょう。

その最大の理由は、有名作に登場していることです。
1953年公開のローマの休日では、グレゴリー・ペッグがオードリ・ヘップバーンとローマの街を二人乗りしたことで有名です。

当時は娯楽といえば映画でしたし、現在でもこの映画は名作として伝えられています。
バイクの名前を知らない人でも、あのシーンが印象に残っている人は多いのです。

1973年公開のアメリカン・グラフティではゴミ箱に追突するシーン。
1979年公開のさらば青春の光ではライトやミラーなどで装飾されたモッズ仕様が登場し、スクリーンを彩っています。
この名作の公開により、バイクを知らない一般の女性たちも、名前を知らずともベスパというバイクが認識されていきました。

では一般の男性はというと、1979年放送の探偵物語がその役を担うことになりました。
松田優作氏演じる探偵の工藤俊作の愛車としてベスパが登場しています。

2ストロークの特徴というべき白煙を必要以上に吐き出し、カッコいいとはいえませんでした。
ですがそれまで2枚目でハードな役を演じてきた俳優が、3枚目を嬉々として演じる姿と相まって、カッコ悪いのがカッコいいと認識され、ポンコツの演出を受けていたベスパも、愛されるようになったのです。

現在でもこの作品は人気が高く、フィギュアなども販売されています。
その際衣装や小道具と合わせ、同種のベスパもモデル化されています。

リアルなベスパの問題

スクリーンでの活躍により、ベスパにはまった人は多いのですが、その扱いに困った人が多かったのも事実です。
そしてスクリーンに登場したベスパは型が古く、ミッション付きになります。
また通常のバイクのミッションとは異なり、変速方法も独特なものですので、バイクに乗り慣れた人であっても苦労するのは当然だといえるのです。

またベスパは国産スクーターと違い、カウル類がスチール製になっています。
そのため旧式を買うと、日本とイタリアの気候の違いにより錆が出ていることが多く、穴が開いていることすらあるのです。

現在のベスパ

ベスパの名前はイタリア語でスズメバチを表します。
以前は2ストロークエンジンを搭載しており、その排気音がハチの羽ばたきに似ていたのが由来となっています。

ですが現在は環境問題により、2ストロークは廃止され、4ストローク化されています。
スチール製のボディに対し、4ストのエンジンではトルクが足りず、以前のような出足は期待できないかと思われましたが、新型はそのようなこともなく、シティライフに見事に対応しています。

ベスパというと前出したように古いタイプ、特にヴィンテージシリーズに人気が集まり生産終了後、再販がされるほどでした。
現在は生産終了していますが、クラシカルな雰囲気を残しつつ新技術を取り入れたデザインへと進化しています。

ワールドチャンピオンに輝いたドゥカティとは

日本車以外で初めてのワールドチャンピオンになった

1961年、マン島TTレースでホンダが初優勝して以来、日本製のバイクは世界のオートバイレースの中心であり、一時期は日本製でないと勝てないとまで言われていました。
ですが1978年無敵艦隊といわれたホンダRCBをマン島で破り、日本車以外だと勝てないといわれたスーパーバイク世界選手権では無敵を誇り、そしてMotoGPで日本車以外でワールドチャンピオンに輝いた初のメーカーがドゥカティです。

ドゥカティは1946年発売のクッチョロ以降、常にレースに関わってきました。
そしてレースの節目の際には、超過激ともいえるモデルを発売しています。

マン島で優勝した翌年の1979年にはマイク・ヘイルウッド・レプリカ。
目まぐるしく変化するスーパーバイクのレギュレーションに合わせ、888から916、995、996、999、1098。

MotoGP優勝の2007年にはMotoGPのフルレプリカであるデスモセディチが販売されています。
マニア涎垂のこれらのモデルは、免許があれば載ることが可能ですが、あまりの過激さゆえに載り手を選ぶことでも有名です。

初心者には厳しいマシン

ドゥカティといえば、パイプフレームにL型エンジンを搭載することで有名ですが、このL型というのはV型エンジンを傾け、下側のシリンダーが地面と水平になるほど寝かせています。
そのため機能的にはV型なのですが、L型と呼ばれているのです。
日本製とまったく異質なドゥカティですが、インジェクション化などにより、以前よりはマイルドなセッティングになっていると言われています。
ですが限定モデル以外でもフルカウルのマシンは初心者にはお勧めできるマシンではありません。

バブル時代、国内でレーサーレプリカブームが起きました。その中でプロダクションレースにそのまま出場できるといわれたホンダNSRがありました。
普通に載るだけで、カウルに隠れるようなそのポジションはツーリングには不向きで、レースや峠など走る以外は使いようがありませんでした。

ですがドゥカティは、通常販売しているモデルであってもNSRよりも攻撃的な前傾姿勢なのです。
ハンドルも切れにくく、足つきよりもライディングの際の重心を重視してあるため、取り回しは厳しいものがあります。
またマイルドなセッティングになったとはいえ、あくまで過去のドゥカティと比べてであり、国産とは比べ物になりません。

ドゥカティの魅力

初心者には厳しいドゥカティですが、中級者以上にはそれが最大の魅力へと変化します。
国産ですと改造しないと発生しない出力特性が、無改造の状態で発生できます。
載りにくいのではなく、乗りこなす楽しさが発生するのです。

また攻撃的な前傾姿勢も他に類するメーカーはなく、スタイリングも相まって魅力の一つとなっています。
初心者には厳しいドゥカティですが、ストリート向けのカウルレスモデルも販売されています。このモデルは前傾姿勢や出力特性もストリートユーザーに対応しており、扱い易い仕様になっています。

世界屈指の足回り!BMW

第一次世界大戦後まで遡る

BMWは高級4輪車として世界的にも有名ですが、2輪車のブランドとしても有名です。
2輪、4輪ともに生産しているのは、国産のホンダやスズキがありますが、BMWは国産2社より歴史が古く、生産においても、モータースポーツにおいても早くから活動しています。

BMWの2輪の歴史は、第一次世界大戦後まで遡ります。
当初はエンジンのみの生産でしたが、すぐにオートバイ自体の生産にのりだし、1923年に最初の成功作であるR32を発表しました。
R32は空冷水平対向2気筒エンジンを縦置きに配置しているため、左右にシリンダーが車体からはみ出していました。

このエンジンはボクサーエンジンといわれ、特徴的なシリンダーのはみだしもくわえ、BMWの特徴となり、1980年代前半までは単気筒を除く2輪車はこのレイアウトのみの販売でした。
現在でもこのレイアウトはRシリーズやHPシリーズとして生産され続けています。

BMWの2輪車でまず有名になったのは、良くも悪くも第二次世界大戦のナチスドイツが使用したR75です。
サイドカー付きのR75は、サイドカーも動力で駆動し、オフロードでの使用にも対応できました。

現在でもその姿は映画などで確認することができます。
ナチスの悪名と同様に、R75の性能はヨーロッパ各地に広がることになったのです。

現在ではRシリーズは、当時のような高性能なバイクではありません。
ですが現在のバイクが持ち得ないデザインや特性などが、多くのファンを獲得し、未だにシリーズ化されているのです。

Kシリーズ

1980年代に入ると、日本製バイク進出により、空冷2気筒であるRシリーズの性能不足がささやかれるようになりました。
そこで登場したのが、水冷直列エンジンのK100です。

電子制御燃料噴射、アルミ燃料タンク、オールステンレス製マフラー、乾式クラッチなどを最新の装備し、日本車に対抗しました。
発売当初マニアにとっては、Rシリーズの味が無くなり、日本車になったと不評でした。
ですが最新技術を駆使したKシリーズは、クセがない分、操縦性も良く、安定感が高いため高速ツアラーとして人気を集めていきました。

K100は1995年の販売終了まで進化を続け、フラッグシップのK110を筆頭に、Kシリーズは現在まで続く人気シリーズとなっています。
ボクサーエンジンのフィールを楽しむ派と、最新技術の恩恵により長距離を安全に走るツアラー派と分かれているのもBMWの特徴だといえるでしょう。

世界屈指の足回り

BMWは足回りが良いことでも有名です。
テレスコピック式フロントサスペンションを採用し世界の標準になったことを皮切りに、アールズフォーク、テレレバーフォークへと進化を続け、アンチロック・ブレーキ・システムや横滑り防止装置など安全で快適な足回りを提供し続けています。

またBMWはRシリーズでパリ・ダカールラリーに参戦し、優勝しています。
4輪部門でも優勝していますので、2輪・4輪の優勝は世界でもBMWのみとなっており、現在でもそれは破られていません。

ハーレーダビッドソン

アメリカを代表する

ハーレーダビッドソンは、1903年ウィリアム・シルヴェスター・ハーレーとダビッドソン兄弟により設立されました。
エアロスミスのボーカルであるスティーブン・タイラーが「ハーレーダビッドソンは、アメリカの魂だ」と発言したように、アメリカを代表するものでその知名度は、オートバイの枠を遥かに超えています。

しかし性能的には日本製やヨーロッパ製のバイクとは格段に差があります。
古臭いV型2気筒エンジンを搭載し、バリエーションは多いもののそのスタイリングは、バイクを知らないものにとってはほとんど変わりません。

アイドリングは安定せず、アイドリング中にサイドスタンドを立てると、小刻みに移動し、端で聞いていると音はバラついて良い音色ではない。
このようなバイクがなぜ売れていて、企業的に安定しているのが不思議なくらいです。
上記は否定することができない事実なのですが、これは裏返すとすべてハーレーの良さになっているのです。

見た目だけではない魅力

古臭いといわれるV型OHV2気筒エンジンは、パーツ内の流用が効きます。
60年代のエンジンが故障しても、現在のエンジンのパーツで修理が可能なのです。
他のメーカーですと、パーツは廃番となり供給できません。

修理をしようとなると、パーツをメーカーではなく自分たちで製作しなくてはいけないのです。
このように息の長いパーツ供給をしてくれるメーカーは他にはありません。

エンジンをかけたすぐにはアイドリングは安定せず、サイドスタンドが小刻みに動きます。
これは空冷でキャブレターであることの特徴で、1シリンダーの排気量が大きいハーレー独自のものです。

OHVという単純なエンジン形式は、逆に言うと部品数が少ないという特徴があります。
部品が多い、所謂精密部品はパーツの1つに不具合が起きると故障して動かなくなります。
ですが単純な機械は、その分強く、主要部品でない限りは調子は悪くなっても止まらないのです。

似たようなデザインは、ハーレーの生産地であるアメリカの国土は広大で、少しくらい移動速度を上げても到着時間はさほど変わりません。
移動には時間が掛かり、止まる・曲がるより、長時間を楽に過ごせるポジションが大切になります。

またこの点においてもOHVは有効です。
砂漠で故障して止まってしまっては命に関わります。
単純ゆえに止まらないハーレーは、アメリカには必要なバイクだったのです。

同じようなデザインであるにも関わらず、企業的に安定しているのは、それだけ世界でも人気があり、認知されている証拠でもあります。
バイクを売って商売していますので、売れないものは作らないのです。

端から聞いてバラつき良くない音については、実は走らせながら聞いてみると気持ちの良い音に変わります。
ハーレーはそのスタイルに憧れる人も多いのですが、所有して体感することにより得られる魅力のほうが多いバイクなのです。

カワサキの挑戦

硬派のイメージが強い

「男・カワサキ」「硬派カワサキ」とカワサキを形容する言葉は、良く言えば男性を強く意識させるものですが、悪くいうと不良をイメージさせます。
カワサキのバイクはRS750(通称ZⅡ)以降、暴走族の人気が高く、1979年公開のマッドマックスにより、そのイメージがさらに強くなりました。
またカワサキはスクーターブームの際にもスクーターは作らず、客に媚びないというイメージがより一層濃くなったようです。

ですが硬派のイメージはあまり誉められたものではありません。
逆にいうと女性や初心者はお断り、乗せないのでなく乗れない、乗ったら大変だというバイクです。

カワサキは他の国産メーカーと比べると故障が多く、廃棄漏れやオイル漏れはよくあること、オイルが漏れるのは入っている証拠だともいわれました。
カムチェーンは調整してもすぐに緩んでシャラシャラと音を立て、この音がカワサキの正常の音だと揶揄する人もいました。

これはあくまで国内メーカーと比較した話で、海外メーカーと比べるとそう酷くはありません。
そのためカワサキは国内より海外での評価が高いバイクといえなくもありません。
上記の話は過去の話であり旧車の話ですが、現在も基本的なことは変わりません。

廃棄漏れやオイル漏れは減っていますが、トラブル無しということはありません。
またクセが強いバイクが多く、機械に詳しくない女性や初心者には厳しいということには変わりありません。
日本製”並み”の精度を持ち、外車のクセがあるカワサキだから、マニアックなバイク好きな男性と外国の人気が高いといえるでしょう。

カワサキの挑戦

カワサキはレース活動を続けていますが、国内の他のメーカーと違い、センセーショナルな活躍をみせていません。
JSBやスーパーバイクなどはライダーの腕で勝てても、マシンの性能で勝っているとは見えません。

それなのにレース活動を続ける理由は、バイクの性能を宣伝するためです。
圧勝で勝てない理由は、市販車とワークスマシンの差が少ないためです。

カワサキはレース車両にあまり手を加えていません。
他のメーカーと違い、ストック状態に近く誰もがワークスに近いマシンで戦っているのです。
そのためZX-10Rは、市販状態でかなり高いスペックを誇ります。
GSXRが馬力を上げるとすぐに追い越し、それ以上の武器を装着させます。

カワサキのマシンは、レースで走っているマシンがほとんどそのままの状態で販売されている。
これ以上の宣伝は見当たるはずもありません。

怪物登場

またカワサキはとんでもないマシンを登場させています。
水冷4ストローク並列4気筒998ccにスーパーチャージャーを付けたサーキット専用マシンのH2Rで、300馬力を叩き出し、直線ではmotoGPより速く走れます。

そして公道仕様のH2は200馬力となっています。
このマシンを見ると、女性どころか並みの男、怪物以外お断りという感じがしなくもありません。

奇抜なデザインが魅力のスズキ

奇抜なデザインが魅力

スズキはホンダと同様に2輪と4輪を製作しているメーカーです。
口の悪いマニアには「鈴菌」と呼ばれているのですが、その理由もまたスズキというメーカーの特徴が色濃くでたものでした。

スズキのバイクはデザインが奇抜なものが多く、技術にも突飛なものが多々存在します。
経費削減のための使いまわしや、間に合わせに作ったようなデザイン、役に立たないどころか邪魔になるような技術などを使ったマシンであってもスズキファンが購入することを鈴菌に犯されたというのですが、スズキのデザインはホンダやヤマハのように無難なデザインを選びません。
そのほとんどが新しいものを求めるように冒険をしており、それは大ヒットを生む結果になっています。

永遠の人気シリーズ

代表的なものとして、カタナシリーズやΓシリーズ、GSX-Rなどがあります。
カタナはハンス・ムートが代表を務めるターゲットデザインがデザインし、1980年のケルンショーで発表されました。
その先鋭的なフォルムが反響を呼びましたが、評価は両極端に分かれました。

ですがスズキは輸出車であるGSX1100Sの販売を1981年に開始し、大ヒットとなりました。翌年には国内向けのGSX750Sの販売を開始されましたが、当時の車両保安基準により、ハンドルを上げられ、スクリーンは排除という散々たるスタイルでした。
この基準は後に解除され、輸出車と変わらないスタイルへと変化していきます。

カタナは仕様変更を繰り返し、1986年に一度カタログから姿を消しますが、1990年に限定販売され、1991年にGSX250Sで復活します。
そして2000年に1100台限定シリアルナンバー入りのファイナルエディションが登場しその幕を閉じることになります。

RGΓはレーサーレプリカの幕を開けたバイクで、カウリングが装着された姿は一大ブームを巻き起こしました。
そしてVΓへと進化し、最後の2ストロークレーサーレプリカとして歴史に名を残すことになりました。

GSXRは耐久マシンレプリカとして登場し、特にR750は油冷という特殊な冷却方と400cc並みの軽量により人気を集めました。
レースレギュレーションにより進化を遂げたGSXRですが、国内レース、特にJSBの歴史を変えたのは常にGSXRでした。

2001年新型のGSXR1000が他メーカーを凌駕する馬力を誇り、他もそれに習うように馬力を強化させていきます。
これは現在でも変わっておらず、GSXRが革新的に変化し他が追従するという形は変わっていません。

ヨシムラの存在

鈴菌以外にもスズキファンは存在します。それはヨシムラファンです。
ヨシムラはアフターパーツメーカーですが、1978年の鈴鹿8耐優勝以降、スズキとヨシムラの協力関係は続いており、スズキは好きでなくともヨシムラは別格というファンも存在しています。
そしてヨシムラはパーツメーカーとして、スズキの市販車であるGSX400FSインパルスのマフラーを共同開発するなどパーツメーカーの枠を超えた存在でもあります。

日本楽器から独立!ヤマハの歴史

日本楽器から部門が独立して作られた

ヤマハは社名をヤマハ発動機といい、1955年世界的楽器「日本楽器」から二輪製造部門が独立して設立されました。
現在では資本や取引関係では重要なものではありませんが、YAMAHAロゴや3本音叉のマークなどブランド的には共通しています。
ですが良く見ると、細かな違いが発見でき、現在の関係を象徴しています。

前身が楽器屋ということが関係してか、ヤマハの並列4気筒エンジンは高回転を回すと甲高く、まるで楽器のように聞こえるほどです。
これを「ヤマハは音だけ」と例える人がいるのですが、これはヤマハの並列マルチは高回転までよく回るエンジンだが、回転に馬力がついてきていないという意味で、高回転のトルクが少ないともいわれています。

ヤマハは基本的にコーナーリングがよく、旋回に優れているマシンです。
コーナーでのスピードが高いため、アクセル開度一つでスリップダウン、最悪の場合はハイサイドという結果になります。
ヤマハの高回転でのトルク不足は、コーナーリングマシンの弊害を防ぐ役割でもあるのです。

またヤマハはミーハーなライダーが乗るバイクだともいわれています。
カタログスペックの高さとデザインからそう言われているのですが、これは別の目線で見ると初心者に優しいバイクだともいえるのです。

ヤマハは基本的には軽量で、取り回しもし易く、エンジンも急激にパワーがでるものではありません。
そのためラフな扱いを行う初心者にも扱い易く、自慢のコーナーリング性能も初心者は限界まで走ることはできません。
その結果、デザインだけで選んだとしても扱い易く事故が起きにくいバイクを選ぶことになり、初心者に向いているバイクとなるのです。

過激なマシン

そんなヤマハですが、初心者には不向きなバイクもあります。
代表的なものはRZシリーズとV-MAXです。

どちらも回さなければ安全ですし、特にRZは旧車ですので手に入れることは難しいでしょう。
ですがRZは2ストロークの代表ともいえる旧車で、発売当時は1クラス上のマシンをカモれるといわれたバイクです。
その出力特性は非常にピーキーで、神経を集中しないと扱えません。

また旧車ゆえにエンジンの出力にフレームとブレーキが負けていますので、現在のバイクに慣れた人ですと曲がらない・止まらない危険なバイクになってしまいます。

V-MAXはドラッグマシンとして登場していますので、回さなければその図太いトルクで楽な操作ができますが、回してしまうとあっという間に免許など無くなってしまう速度に達します。
またそのトルクゆえに上のギアでも簡単にフロントタイヤを持ち上げることができ、ラフなアクセル操作ではタイヤを持ち上げたままの転倒やリアタイヤがスライドしての転倒が予想されます。
どちらのバイクも初心者が扱うには不向きとされるバイクですが、中級者以上のマニアにとっては、憧れのバイクであり一度は乗ってみたいバイクなのです。

稀有なメーカー!ホンダ

稀有なメーカー

2輪、4輪を製作する世界でも稀なメーカーであるホンダは、その頂点ともいうべきロードレース選手権とF1においても制覇している稀有なメーカーです。
その歴史は1946年創業者の本田宗一郎が、本田技術研究所を設立し、ホンダエントル型エンジンを搭載したバタバタを販売しました。
今でいう電動アシスト付自転車のようなものでした。

1949年自社製作1号機となるドリーム号D型の販売を開始。
1952年自転車用エンジン、カブF型発売。
そして1958年世界的大ベストセラーでギネス記録を持つスーパーカブが販売され、ホンダは世界的に有名になります。

ですがこの時点では、東洋のちっぽけなメーカーに過ぎませんでした。
ホンダの名をオートバイの本場であるヨーロッパに浸透させたのは、マン島TTレースの参戦であり、優勝でしょう。

本田宗一郎の号令の下、レース経験のないホンダはマン島制覇に向け1959年に初参戦し、その2年後に優勝を果たします。
一見無謀とも思える挑戦を繰り返し、ホンダは世界的企業へと発展しました。

意外な顔

ホンダのバイクは優等生。言うことを聞き、素直な性格をしているといわれますが、これは世界的企業であるホンダの表の顔であり、本来のチャレンジスピリットは常に見え隠れしています。
レースの世界では、2ストローク全盛の中、あえて楕円ピストンの4ストロークNR500で戦い、2ストロークにしても4気筒全盛の中、NS500というV型3気筒のマシンを投入し、チャンピオンを獲得すると、今度はただのV型4気筒ではなく、チャンバーはダミータンクを通り、燃料はマシン下部というNSRを投入。

並列全盛の耐久レースにNRのノウハウを生かしたV型エンジンのRS1000RWを投入し、後にRVFへと進化。
最近ではmotoGP初年度に投入されたV型5気筒というRC211V。
今までやってきた技術を煮詰めれば勝てるのにあえて新しいことに挑戦する、それが優等生ではないホンダのもう1つの顔なのです。

これはなにもレースの世界だけに留まりません。
日本初のターボチャージドバイクであるCX500TURBO。
2ストロークV型3気筒250ccのMVX。
同じエンジン形式で400ccのNS400。

レーサーレプリカ全盛時にフルエアロのCBR400R。
フルサイズ50ccでありながらメットイン機能を持つNS-1。
スクーターとは違うオートマティックバイクのDN-01と、大ヒットとはいえないマシンも数多く販売し、営業的には成功とはいえませんが、他のメーカーでは真似のできない代物はマニアには唾涎ものとなっています。

現在はホンダの社名は「HONDA」ですが、以前は本田技研工業でした。
前身が本田技術研究所であり、技研の文字にこだわりがありました。
その片鱗はバイクにもつぎ込まれて、最新技術を取り入れていますが、研究してすぐに市販化はしていません。

出し惜しみという声も聞かれますが、最新技術は実用テストの量が足りません。
つまりそれが原因で故障することが考えられるのです。
そのためホンダはすぐに技術を投入することを控え、その結果故障が少ないメーカーになっているのです。

初めてのツーリングで気を付けること

初めてツーリングに出かけるときには、楽しみやわくわく感もありますが、それと同時に不安な気持ちもあるものではないでしょうか。
ツーリングに限らず、初めての経験というのは何かと不安になってしまうものですし、当日までなかなか眠れないという夜が続くこともあるかもしれません。
ここでは、初めてツーリングに出かける方のために必要な情報をいくつかまとめてみました。
安全にツーリングを行うためにも是非参考にしてみてください。

周囲の動向に気を付ける

ツーリングサークルなどに入り、仲間たちとツーリングに出かける際には、周囲の動向にも気を配る必要があります。
みんなでペースを守って走っているのに一人だけペースを乱してしまうような行動をとるのはマナー違反です。

一人だけスピードを出してしまったり、明らかに他のメンバーよりも遅いスピードで走ってしまうと、全体のペースが乱されてしまい、決まった時間までに目的地につけなくなってしまいます。
仲間とのツーリングは共同作業なので、決して自分だけ良ければ良いというような考え方はせず、協調性を持って行動するようにしましょう。

時には、ガソリンスタンドに寄らずにそのまま目的地へ出発するケースもあります。
こうしたケースでは、ガソリンを入れ忘れていたり、残量が少ないとエンストしてしまう可能性もあります。
こうなるとメンバー全員に迷惑をかけてしまうことになるので、必ずツーリング前日までにはガソリンを入れておくようにしましょう。

また、当日の朝に気付いた場合には隠さずに正直に話し、途中でガソリンスタンドに寄って貰うなどしましょう。

持ち物は前日までにチェック

ツーリングに出かけるには手ぶらというわけにはいきません。
必要となる持ち物は必ず事前にチェックし、当日忘れ物がないようにしましょう。

最低限必要となるものには、まず雨合羽が挙げられます。
特に遠方へツーリングに出かける際には、目的地付近の天気は分かりません。
また、山を越えていく際には山だけ天気が悪いということもありますから、雨合羽は絶対に忘れないようにしましょう。

ツーリングといっても様々なツーリングがありますから、目的に応じて荷物は変える必要があります。
キャンプツーリングだと当然テントや調理器具、また様々なアウトドアツールが必要となりますし、どこかで一泊するツーリングなら着替えなども必要となります。

ツーリングの目的に応じて荷物を揃え、前日までにチェックは終わらせておきましょう。
どうしても心配な場合、一緒にツーリングに行くサークルのリーダーに相談してみるのも良いかもしれません。
初心者のうちは聞かないと分からないことも沢山ありますから、分からないことは遠慮なく聞いた方がツーリングを思い切り楽しむことができます。

盗難保険とは?

バイクをこよなく愛するライダー達にとって、愛車が盗難の被害に遭うというのはとても悔しいことですし、悲しいことではないでしょうか。
こうしたバイクの盗難では、無事に返ってくるケースはほとんどなく、多くの場合は返ってこないか、パーツを分解された状態で見つかるかというケースが多くなっています。
特に人気のあるバイクは盗難に遭いやすい傾向にありますから、そうした方は盗難保険への加入も検討してみましょう。

盗難保険とは?

盗難保険に加入したからといって、盗まれた自身の愛車が返ってくるわけではありません。
しかし、保険金が下りてくれればそれを資金に新しいバイクを購入することはできます。
そのため、ライダーの中にはしっかり盗難保険に入っている方もいますが、中には「まさか自分のバイクが盗まれることないだろう」と根拠のない自信を持ち、盗難保険に入っていないこともあります。

盗難保険とは、バイクの盗難に遭った際に設定額に応じた保険金が支払われるというもので、掛け金や保険会社によって詳細は異なります。
現在では多くの保険会社がバイクの盗難保険を取り扱っており、独自のサービスや、様々なサービスを設けています。

基本的に掛け金が多いほど下りる保険金額は大きくなりますが、最終的な判断を下すのは保険会社となります。
やはり中には保険制度を悪用しようとする輩もいますから、時に盗難されたと偽装して保険金をだまし取ろうとするケースもあります。

この辺の判断は保険会社によって異なるため、保険に入っているからといって必ずしも保険金が下りるというわけではありません。

盗難保険のプラン

保険会社によりますが、盗難保険には複数のプランが設けられていることが多いです。
プランによって支払われる金額が変わったり、受けることのできる補償内容が違ってきたりします。

また、保険によってはバイク本体でなくとも、パーツに保険金が支払われることもあります。
パーツだけが盗難に遭った場合でも、設定された金額に応じて支払って貰うことができます。
ただし、保険会社によってはパーツの詳細な情報や、どのような状況下で盗まれてしまったか、など詳細な状況を説明しないといけないことも多く、時に保険金が支払われないということもあります。

現在では様々な保険会社があり、またバイク保険に特化したような企業もあります。
その中から信頼できる保険会社を探すというのは難しいことかもしれませんが、インターネット上の情報や口コミなども参考にしつつ選ぶと良いのではないでしょうか。

また、保険会社を選ぶ際には実績のある保険会社を選ぶようにしましょう。
名の知れた有名大手の保険会社でもバイク盗難保険を扱っていることがありますから、調べてみるのも良いのではないでしょうか。